「家庭が壊れると、教育は必ず壊れる」という言葉でした。
アメリカ社会で実際に起きていた「現実の記録」でした。
1988年、アメリカで見た“異変”
松居先生がアメリカに渡ったのは1980年代。
当初は、日本と同じように、
家庭が子どもの土台をつくり、
学校がその上に学びを積み上げる社会でした。
しかし、1988年頃から、
明らかな「変化」が起き始めたといいます。
- 家庭で育てられていない子どもが急増
- 学校で感情をコントロールできない子どもが増える
- 教師が「教える」以前に「対応」に追われる
問題行動は、特別な家庭の子どもだけではなく、
ごく普通の家庭の子どもたちにも広がっていったのです。
家庭の崩壊が、子どもに与える影響
講演で語られたのは、
「学力」以前の問題でした。
それは、
- 人を信頼する力
- 感情をコントロールする力
- 自分は守られているという安心感
これらが育たないまま、
子どもが社会に放り出されている、という現実です。
松居先生は、こう語ります。
「家庭で満たされなかったものを、
学校が代わりに担うことはできません」
教育の現場は、
すでに限界を超えていました。
「家庭の役割」を軽視した社会の末路
アメリカでは、
- 共働きが当たり前
- 早期からの長時間保育
- 家庭より社会が子どもを育てるという発想
これらが「進んだ社会」の象徴として語られてきました。
しかし現実には、
子どもが「誰にも深く愛着を持てない」状態で育つケースが増えていった
その結果、
- 暴力
- 犯罪
- 依存症
といった形で、
社会全体に影響が広がっていったのです。
「日本は大丈夫」という幻想
講演を聞きながら、
私は何度も胸が締め付けられる思いがしました。
なぜなら、
松居先生が語るアメリカの状況は、
今の日本と驚くほど重なって見えたからです。
- 保育の長時間化
- 家庭で過ごす時間の減少
- 「質より効率」が優先される子育て
どれも、日本ですでに起きていることです。
松居先生は、はっきりと警鐘を鳴らしていました。
「日本は、アメリカと同じ道を、
もっと速いスピードで進んでいます」
この話を“知ってしまった”私たちへ
この講演を聞く前の私は、
どこかでこう思っていました。
「うちは大丈夫」
「まだ、ちゃんとやっている方だ」
でも、それは個人の問題ではありませんでした。
社会の仕組みそのものが、
親と子の関係を分断していく構造になっている。
それに気づいたとき、
もう知らなかった頃には戻れない。
次章では、
父親不在社会と、母子家庭に向けられる誤解について、
松居先生の指摘をもとに深く掘り下げていきます。

